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「動物園」の名付け親



日本における「動物園」というネーミングは、いつ、どうやって生まれたのでしょうか? 実は、名付け親がはっきりとわかっています。

福沢諭吉著『西洋事情初編』に記された"動物園"

福沢諭吉著『西洋事情初編』に記された

「動物園」という日本語は、日本で最初の動物園である「上野動物園」が生まれる16年前から存在していました。明治維新の前後、近代化に力を入れていた日本は、欧米で盛んに行なわれていた万国博覧会に使節団を派遣し、欧米の都市施設や制度の吸収につとめており、そういった中で、欧州のZOOを見聞した使節団の人たちによって、当初は、遊園、禽獣飼立場、禽獣園、鳥蓄園、畜獣園など、さまざまな訳で紹介されていました。

その中で、慶応義塾の創設者であり、1万円札の顔として知られる福沢諭吉が1866年に著した『西洋事情』に登場した言葉が「動物園」です。まだ明治維新の前、1862年にフランス、イギリス、オランダ、プロシア、ロシア、ポルトガルの6ヵ国を巡る遣欧使節団の通訳として同行した諭吉は、帰国後の1866年(慶応2年)に、その見聞をまとめた著書『西洋事情』を出版。この中で、「動物園」という単語を初めて用い、博物館の概念による動植物園の姿を紹介したのです。私たちが今、慣れ親しんでいる「動物園」の名付け親は、福沢諭吉なのです。

動物園の本質を鋭い観察眼で見ていた諭吉

動物園の本質を鋭い観察眼で見ていた諭吉

1960年代は、江戸末期にあたり、日本では珍しい異国の動物が見世物とされていた時代です。そのような日本の動物展示を経験していた諭吉は、『西洋事情』の中で、パリの植物園付属動物園を訪れたときの印象を次のように書いています。

「動物園、植物園なるものあり。豹、熊、羆(ヒグマ)、狐、狸、猿、兎、駝鳥、鷲、鷹、鶴、雁、燕、雀、大蛇、蟆(ヒキガエル)、すべて世界中の珍獣禽珍獣みなこの園内にあらざるものなし。これを養うに各々その性に従いて食物を与え、寒温湿燥の備えをなす。海魚も玻璃器(はりき=ガラスの器)に入れ、ときどき新鮮の海水を与えて生きながら貯えり」

こうした記述から、諭吉が、様々な"生きて動く"生き物を飼育するとはどういうことかを驚嘆しながら観察していた様子が見てとれます。彼の鋭い観察眼から「動物園」という言葉は生まれたのです。

そして、この「動物園」という言葉は、漢字の本場である中国に伝わり、中国でも同じように「動物園」という字が使われています。

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